世界に冠たる皇國、大日本帝國 Donners Hammer「今日の模様」

天皇弥栄、八紘一宇、祭政一致、必勝神風、神洲不滅、皇軍復活、核武装、暴支膺懲、二韓征伐、排他性一神教撲滅。

2677年08月11日(祝、金)<山の日>六甲山(890m)真夏のヒルクライム(武庫川経由)

井上功一であります。

昨日
三連休の初日、
08月11日(祝、金)<山の日>は、

早朝に國旗を掲揚し、
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所用を実施後、
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折角、山の日。

いつも、山に行っておりますが、
更に、山に行きたくなり、

ロードレーサー(自転車)で、

近場の六甲山へ、
43号線、武庫川右岸河川敷道路経由にて、
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逆瀬川から、ヒルクライム。

大汗かきの私は、
夏場の六甲山ヒルクライム、
オーバーヒートで、
途中で、挫折することも、多いですが、
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昨日は、26℃~27℃で
木陰が涼しく、
比較的快適に、一軒茶屋迄
上りました。
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盆休みでもあり、
非常に多くのサイクリストが、
ヒルクライムしておりました。
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大阪湾、神戸港の展望他を、
撮影した後、
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ダウンヒル。
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60km/h以上出ているコーナー手間で、
前輪がパンク。
何とか落車回避。
前輪ブレーキかけず、
後輪ブレーキかけ、
コーナーで倒さず、
しばらく下り、
安全な比較的平坦な箇所で、
スペアチューブ交換。

しかし
暫くすると、スローパンク。
スペアチューブ老朽化していた模様。
仕方が無いので、
のり付きパッチを貼り、
チューブをパンク修理することにしました。

そこへ、下ってきた
地元宝塚の
30代男性サイクリスト、救いの神が現れ、

「どうかしましたか。
何かお手伝いしましょうか。」

→「スペアチューブ切れで、
パッチ貼って、修理してますねん。」

「僕も、前、そこのコーナーで、
前輪突然バーストして、落車しました。
スペアチューブありますよ。」
と新品チューブを渡してくれました。

→「ありがとうございます。
助かりました。
ただでもらう訳いかへんから、
お金払っときますわ。」

「安くかったんで、あ、800円で。」
その後、少々自転車談義。

自転車は、
昔から、紳士淑女のスポーツ
と言われており、
上り、下りでも
競り合ったりしますが、
レース展開、集団走行に於ける
暗黙の了解。
困っている時は、助け合う

「騎士道精神」

が根付いており、
ここが、魅力の一つ。

作戦行動する時は、
お互い敵を、徹底的に
妥協無く、
殲滅、破壊、殺傷しますが、

戦争、作戦行動が終結すれば、

敵味方関係なく、
武勲を顕彰し、
戦争について、謝罪したりしない。
武人、軍人の
「武士道」「騎士道」
に通じるところがあると、
常々、思っております。
 


ルート
伝法→43号線→伝法大橋→武庫川大橋東詰→武庫川左岸道路
→武庫川橋→武庫川右岸河川敷道路
→宝塚新大橋→逆瀬川→明石神戸宝塚線→逆瀬川→六甲山頂
(往復)


T3:38:53
D67.97
A18.6
M52.3



テーマ:ロードバイク・ツーリング - ジャンル:スポーツ

  1. 2017/08/12(土) 11:08:07|
  2. 自転車
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【ご案内】2677年8月15日(火)「正義の戦争=大東亜戦争終結の日」”靖國神社参拝、大西瀧治郎海軍中将墓参”~幸福実現党豊中後援会~

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JAPAN ERWACHE!
神洲不滅
北朝鮮征伐敢行
正義の戦争=大東亜戦争終結72年
皇軍による支那事変制圧80年
7月7日は、コミンテルンによる蘆溝橋事件の日
7月29日は、支那人による通洲事件の日
12月13日は、皇軍による南京解放治安回復祝祭日
大日本帝國軍人は、皇國の譽
 

井上功一であります。
金正恩第一書記は、
益々、調子に乗って、
「日本如きは、
一瞬にして全土を焦土にする用意がある。」
といって、
挑発してきておりますが、
ここまで来れば、
隠忍自重に生きる我が國も、
いよいよ、
「特攻精神」を、
発露し、
アメリカ
トランプ大統領任せにせず、
徹底懲罰、徹底征伐する秋。

現実から逃避することなく、
朝鮮動乱を、
皇軍復活、核武装、
即ち、
我が國が、戦争、軍事力を行使する
普通の独立國となる
好機と見なすことであります。

そうであってこそ、
大日本帝國時代と同様に、
東洋の盟主、世界の護民官
として、
世界人類の幸福と平和に
資する日本と言えるのであります。

これを、今決断することが、
内閣総理大臣の使命。
決断すれば、
世界人類を救う決断をした
偉大な総理大臣として、
歴史に、名を残すことでありましょう。

しかしながら、
朝鮮動乱が迫る中、
現実を直視せず、
未だ、

吉田ドクトリン
「アメリカは、
日本の番犬様。
日本は、商売金儲けに
専念する。」
という夢想の世界に生き、
「反核、反戦平和」を唱え、

戦争、軍事力を極端に忌避して
生命尊重に偏向し、
魂を腐敗させ続け、
戦わずして敗れ、
北朝鮮や支那の属國になり
國民が奴隷として、
恥を晒して生きるを良しとする
方々も、いらっしゃいます。

しかしながら、
例え、
朝鮮動乱に際して、
北朝鮮のミサイル攻撃、
特殊工作員によるテロにより、

韓国、日本双方に、
100万人の犠牲者が生じる可能性があろうとも、

「神の正義」「世界的正義」を貫き、

北朝鮮征伐解放軍事行動を敢行しない限り、

「自由と民主主義」を基調とし、
多様性、複数性を認め、
共存共栄を目指す
非常に寛容な
現文明=第七文明は、
終焉消滅するでありましょう。
これこそが、「人類の選択」。


さて、
皇軍による支那事変制圧80年
である本年2677年も、

8月15日(火)

「正義の戦争、大東亜戦争終結の日」

皇國の譽=大日本帝國軍人の皆様の偉業を称え、
ご遺徳を偲び、
その武勲を顕彰致し、
報國の至誠に、感謝の誠を奉げると共に、

皇國の弥栄を願い、
世界に冠たる皇國=大日本帝國の再興

を誓う為、

靖國神社に、参拝致し、
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その後、
横浜市鶴見区の總持寺にて、
「特攻の父」
大西瀧治郎海軍中将
の墓参を致します。
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ぜひ、靖國神社へご参集ください。

*また、
東京の靖國神社参拝は、
経済的、時間的に無理がある方は、
ぜひ、
大阪護國神社他、
各地の護國へ
ご参拝頂ければ、幸いであります。


靖國神社、各地護國神社は、
「誠」を貫く日本人の心そのもの。
武人(もののふ)の心を体現せんとする
幸福実現党の聖地。

戦わずして敗れ、
魂的奴隷となり、
恥を晒して生きるを良しとせず、
最初から負けると分かっていようとも、
玉砕覚悟にて、
必死必中の戦略により、
死中に、活を見出だす

「特攻精神」

は、

「幸福実現党精神」。
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*本年8月12日とその前後、
20年振りの参拝、初参拝他、
全國の幸福の科学信者さんが、
数多く、靖國神社参拝されました。
本当に、ありがとうございます。
日々、
報國の至誠に生きる方々が、
参拝され、
英霊も、大変お喜びのことと存じます。


1.集合時間、集合場所
・皇紀2677年8月15日(火)8:40

靖國神社参集殿集合、昇殿参拝。


・その後、
横浜市鶴見区にある總持寺へ移動し、

大西瀧治郎海軍中将の墓参。

總持寺最寄り駅は、JR鶴見、京急鶴見。

※現地集合現地解散

2.大東亜戦争の意義
大東亜戦争は、
皇紀2601年(1941年)12月08日に開戦、
皇紀2605年(1945年)08月15日に終戦。

肇國の精神「八紘一宇」の大義により、
・アジヤ諸国の独立開放
・人種平等
・共産主義拡大阻止、撲滅
を目的に、
大日本帝國臣民が、
「一億総特攻」の精神により、
死力を尽して、
戦った正義の戦争であります。
共産主義拡大阻止は、目的達成できませんでしたが、
戦後、
欧米の植民地であった
アジヤ・アフリカの多くの國が、独立し、
有色人種、少数民族の人種差別が撤廃される
方向となりました。

日本、ドイツが勝っておれば、
共産主義国家である
ソビエト連邦、中華人民共和国、
北朝鮮人民共和国も、
存在しておらず、
東西冷戦も無かったはずであり、
資本主義の総本山アメリカは、
戦う相手を間違ったとも言えます。

3.大西瀧治郎海軍中将
大西瀧治郎3

・「神風(しんぷう)特別攻撃隊」創設者、
「特攻の父」として、
世界的に有名な方であります。


・現在の兵庫県丹波市青垣町芦田村出身。
海軍兵学校第40期で、
同期に猛将山口多聞がおります。


・日本人で始めて、
空母着艦を成功させた人でもあり、
大艦巨砲主義に傾く帝國海軍において、
今後の開戦の主力は、航空機であると主張し、
航空機で、艦船を撃沈する図上演習を何度もやり、
成功させ、
海軍上層部を説得させた
航空艦隊(空母機動部隊)育ての親でもあります。
源田実海軍航空参謀とともに、
真珠湾攻撃の実際の作戦を策定しました。


実際、
帝國海軍は、
航空機により、
イギリスの不沈戦艦プリンス・オブ・ウェールズ
巡洋艦レパレスといった艦船を、
世界で初めて、撃沈しております。


・特攻は、合理的戦術
「統率の外道」とも言われますが、
少ない稼働航空機、少ない熟練搭乗員という環境下、
命中すれば、1:300の死傷率で、多大なる戦果となる
合理的戦術であります。

また、戦略的には、特攻を継続し、本土決戦を数年戦えば、
アメリカ側に厭戦ムードが漂い、講和に持ち込むことが出来る。
という面もありました。

実際、特攻、ペリリュー島の戦い、硫黄島の戦い、沖縄戦があったが故、
日本は、無条件降伏となりませんでした。
本土決戦に備えていた皇軍は、
大東亜戦争目的達成志半ばにして、
天皇陛下の終戦の詔勅に応じ、
武装解除しただけであります。


実際、
「特攻機」の命中率56%。
米艦船を、何百隻も撃沈しておりますし、
沖縄戦でも、
特攻により、米軍に対し、
30隻撃沈、300隻破壊、9000人以上戦死
を与えております。


*大川隆法総裁も、
“「正しき心の探究」の大切さ”
にて、
特攻隊を、高評価されております。


・8月16日は、
特攻の責め、敗戦の責めを負い、
介錯無しの切腹にて、
自決された大西中将の命日であります。


<ご参考>
「大西瀧治郎海軍中将遺言」
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特攻隊の英霊に曰す。
善く戦いたり、深謝す。
最後の勝利を信じつつ
肉弾として散華せり。
然れ共其の信念は
遂に達成し得ざるに至れり。
吾死をもって旧部下の
英霊と其の遺族に謝せんとす。

次に一般青壮年に告ぐ。
我が死にして軽挙は、
利敵行為なるを思ひ
聖旨に副ひ奉り、
自重忍苦するの誠とも
ならば幸なり。
隠忍するとも日本人たるの
矜持を失ふ勿れ。

諸氏は國の宝なり。
平時に処し猶克く
特攻精神を堅持し、
日本民族の福祉と
世界人類の和平の為、
最善を尽くせよ。

「大西瀧治郎海軍中将遺偈」

すがすがし暴風のあと月清し


”帝國海軍第一航空艦隊司令長官 大西瀧治郎中将
「特攻と大東亜戦争に関する訓示」
*昭和20年(1945年)3月、台湾にて”

 当方面基地実視の此の機会に於て、所懐を述べて訓示に代えたいと思う。
敵の攻撃は愈々日本本土に近迫、本土に対する空襲は日と共に激化し、
又比島の大勢が敵の手に帰して以来、南方交通は極めて不如意となり、
更に全般的の戦力低下、同盟國独逸の苦戦等を思い合せると、
日本は遠からず負けるのではないか、と心配する人もあるであろう。
然し、日本は決して負けないと断言する。

 今迄我が軍には局地戦に於て降服と云うものがなかった。
戦争の全局に於ても亦同様である。局地戦では玉砕であるが、
戦争全体としては、日本人の五分の一が戦死する以前に、敵の方が先に参ることは受合いだ。
 米英を敵とするこの戦争が、極めて困難なもので、
特質的に勝算の無いものであることは、開戦前からわかったのであって、
現状は、予想より数段我に有利なのである。

 然らば、斯くの如き困難な戦争を何故始めたかと云えば、
困難さや勝ち負けは度外視しても、開戦しなければならない様に追いつめられたのである。

 敵の圧迫に屈従して戦わずして精神的に亡國となるか、
或いは三千年の歴史と共に亡びることを覚悟して、
戦って活路を見出すかの岐路に立ったのである。
ところで、後者を選んで死中に活を見出す捨身の策に出たのである。

 捨身の策といっても、決して何とかなるであろうと云う様な漠然たるものではないのであって、
如何なる経路状態に於て勝つかの見当はついているのである。
純然たる武力戦による、海の上で勝つ見込みは殆んど無いが、
長期持久戦による思想戦に於いて勝たんとするものであって、
武力戦はその手段に過ぎないのである。

 即ち、時と場所とを選ばず、
成るべく多く敵を殺し、彼をして戦争の悲惨を満喫せしめ、
一方國民生活を困難にして、何時までやっても埒のあかぬ悲惨な戦争を、
何が為に続けるかとの疑問を生ぜしめる。
この点、米國は我が國と違って明確な戦争目的を持たないのであって、
その結果は、政府に対する不平不満となり、厭戦思想となるのである。

 彼米國が、日本を早く片づけねばならぬと焦っている原因は、
実に此処に在るのである。

 又、彼が最も恐れる所は、人命の損耗であって、
之の代りに尨大な物量を以てせんとするのである。
人命の大なる損失は、忽ち國内で大なる物議を醸し、
戦争の遂行に心配があるからである。

 彼は人命の代りに艦船、飛行機各種各兵器の尨大な量を以て勝たんとしているが、
我々は之を見せつけられて、少しも恐れるに当たらないのである。
我々は之を見て考えることは、米國と雖も、
之等艦船兵器は土の中から自然に出て来るもので無いと云うことである。
此の物量を作る為、如何に彼等が努力し、又如何に國力を消耗しつつあるか、
従って之が為、如何に一般國民生活が圧迫を受けて居るかと云うことである。

 彼は、もう一ヶ月すれば独逸が参る。三ヶ月で日本が手を挙げると國民を引っ張って居るのである。

 之に対して我は、如何に多くの人命を失うとも、如何に生活が苦しくとも、
之が何年続くとも頑張り通し、凡ゆる手段方法を以て、多く敵を殺すのである。

 我々は已むに已まれぬ戦争、而も皇國日本が、三千年の歴史と共に亡びるかどうかの戦争である。
如何なることがあっても負けられぬ戦争である。

 正味の戦争はこれからだ。

 戦争の苦痛を味わった点に於て日本は未だ足らない。
独逸、ロシヤ、英國等が如何に多くの人命を失い、而も之に耐えて居るかを見よ。
苦しみ抜いて然る後勝って始めて戦争の仕甲斐があるのである。

 私は、比島に於いて特攻隊が唯國の為と神の心になって、
攻撃を行っても、時に視界不良で敵を見ずして帰って来る時に、
こんな時に視界を良くすることさえ出来ない様であれば、
神などは無いと叫んだことがあった。

 然し又考え直すと、三百機四百機の特攻機で簡単に勝利が得られたのでは、
日本人全部の心が直らない。日本人全部が特攻精神に徹底した時に、
神は初めて勝利を授けるのであって、神の御心は深遠である。
日本國民全部から欧米思想を拭い去って、
本然の日本人の姿に立ち返らしむるには、荒行が必要だ。
今や我が國は将来の発展の為に一大試練を課せられて居るのである。
禊をして居るのである。

 戦闘が愈々熾烈となり、戦場が本土に迫ってくるに従って、
流石に呑気な日本人も本気になってきた。
神風特別攻撃隊が國民全部を感奮興起せしめた効果は、
実に偉大なものがあった。
今や、日本には特攻精神が将に風靡せんとしている。
特攻隊は空に海に活躍している。陸海軍数千台の練習機も、特攻隊に編成せられつつある。
國民残らず此の覚悟で頑張るならば必ず勝つ。
少なくとも決して敗れることはない。

 百万の敵が本土に来襲せば、我は全國民を戦力化して、
三百万五百万の犠牲を覚悟して之を殲滅せよ。

 三千年の昔の生活に堪える覚悟をするならば、
空襲などは問題ではないのである。

 斯く不敗の態勢を整えつつ、
凡ゆる手段方法を以て敵を殺せ。その方法は幾らでもある。

 斯くして何年でも何十年でも頑張れ。
そこに必ず活路が啓かれ、真に光栄ある勝利が与えられるのである。

 「ガダルカナル」以来後退を重ねて来た実情を知っている者は、
敵は今後も今迄の勢で攻略して来るであろう、
私が以上述べた様には行くまい、と疑念を懐く人があるであろう。

 それは、戦争の初期に我が軍が「ミッドウェー」で失敗する迄は、
彼米國は、あの勢で来られては、米本土に今に日本軍が上陸するであろうと恐れたと同様である。

 強弩の末魯縞を貫かず、と云うことがあるが、如何に強い弓から放たれた矢でも、
最後には一枚の布を貫く力も無くなるのである。
米國が放った大砲の弾も、鉄板を貫通して来た今日では、
余程弱って来て居って、現に比島を貫くのに四苦八苦である。
日本本土に接近するに従って、愈々こちらの鉄板が厚くなるのは当然である。
次に台湾に来るであろうが、此処で受け止め得るかどうかは、
やって見なければ分からんが、我々は全力を尽くすのみである。
仮に受け止め得なくとも、必死の努力を以て其の力を極力弱めなければならないのである。
我等航空部隊は、誠に幸福である。
飛行機を以てすれば、死に甲斐のある戦が出来るからである。
地上戦で一人で百人を殺すことは不可能に近い。

 精鋭な兵器を有する敵に対しては、時に数倍の犠牲を出すことも已むを得ないのである。
飛行機を以てすれば、一機で数百名の敵を船もろともに殺すことが出来る。
然し、搭乗員は、一人の力で之が出来るものと考えてはいけない。

 飛行機や兵器は、現在では國民の血、汗、涙の結晶である。
又多数の整備員その他地上勤務者の努力のかたまりである。
此の飛行機を最も有効に使用して貰うことを念じて、
女子供までが、泣きながら作って居るのである。
先日、内地から来た人から聞いた話であるが、
報道班の人が某飛行機工場での講演の際に「飛行機が足りないから負けている」話した所、
女子挺身隊の一人が「私達がこれ程までに一生懸命にやっても、未だ飛行機が足りないのですか」
云って声をあげて泣いたということである。
内地では、女子供までが冬の真夜中に、火の無い工場で、
ヒビ、シモヤケでただれた小さい手で旋盤を動かしているのである。

 今や飛行機や兵器は、単に飛行機会社や兵器工場の製品ではなく、
國民全部女子供迄が勝って貰う為に泣きながら作った、
金に代えられない貴重なものである。
之を思う時、我々の責任の一層重大なことを考えさせられるのであって、
与えられた飛行機は一機余さず完全に戦力化しなければならないのである。

 分散隠匿が不十分で、ムザムザ地上で消耗したり、整備が悪くて不時着したり、
又搭乗員の不注意で、戦果を上げずに飛行機を失ったりしては、誠に申訳がないのである。

 特に、搭乗員は一機の飛行機と雖も、数千数万の國民の血と汗と涙の結晶であって、
之を最後に預けられて、皆の代表として其の威力を発揮するのであるから、其の責任は実に重大である。

 航空隊は、航空戦力を最大に発揮するのがその任務であるのは勿論であるが、
然し従来の経験からすると、敵の攻略に当って全力を以て船団を攻撃する時は、
二、三百機の飛行機も二日位で使いつくし、三日目には一機内外が残るのみとなるのである。

 此の後は、一万数千人の地上員の大部は地上戦闘員として、
成るべく多くの敵を殺さなくてはならないのである。

 序でに、参考の為に航空部隊として、地上戦闘に就て私の考えを述べる。
玉砕と瓦砕との区別をする必要がある。

 敵に大なる打撃を与えて死ぬのは玉砕であるが、事前の研究準備を怠り、
敵の精鋭なる兵器の前に単に華々しく殺されるのは瓦砕である。
単に安全のみを考えて、山奥深く立ち籠もるのは戦争の傍観である。
総力戦の今日、老人子供と雖も、戦争の傍観は許されないのである。

 宜しく其の部隊の内容、特質、装備、訓練を考慮し、其の特質を生かし、
欠点を補い、地理的状況を深く考慮し、この際一飛行場を死守するのだと云う様な、
単純な考え方をすることなく、最も多くの敵を殺し、又状況に依っては、
長期に亙って敵の大軍を吸引牽制し、作戦の大局に寄与することを計らねばならない。
効果的な地上戦闘を行う為には、研究準備を余程早目に、手廻しよくして置かなければ、
いざという時に瓦砕する外致し方ないようになるのである。

 特に心得て置くべきことは、航空作戦から地上作戦への移行は急務であって、
二、三日の間に切り換えが必要となるのである。
航空作戦を行いながら、一方地上作戦の準備をすることは、
一般になかなか実行し得ないのであるが、飛行作業の人員を極力節約して、
地上戦闘の準備に大いに努力する必要があると考える。

 最後に、特に述べたいことが二、三ある。

 國家危急存亡の秋に当って、
頼みとするは必死國に殉ずる覚悟をしておる純真な青年である。
大日本精神、楠公精神、大和魂を上手に説明する学者や國士は沢山あるであろうが、
此等の人に特攻隊を命じても出来ないであろう。
之をよくするものは、諸士青年の若さである。
実に若者の純真と其の体力と気力とである。

 今後、此の戦争を勝ち抜く為、如何なる政治、作戦指導も、
諸士青年の特攻精神と、之が実行を基礎として計画されるにあらずんば、成り立たないのである。
既に数千数万の者が祖國を護らんが為、天皇陛下万歳を叫びつつ、
皇國日本の興隆を祈りつつ、日本人らしく華と散った。
又現在も夜に日についで散りつつあるのである。
皆の友人が戦いつつある硫黄島、マニラ、クラークを思え。
我等も之に続かなければならない。彼等の忠死を空しくしてはならない。
彼等は、最後の勝利は我にあると信じつつ喜んで死んだのである。
如何なることがあっても光輝三千年の皇國を護り通さねばならないのである。

 各自定められた任務配置に於て、最も効果的な死を撰ぶばなければならない。

 死は目的ではないが、各自必死の覚悟を以て、一人でも多くの敵を斃すことが、
皇國を護る最良の方法であって、之に依って、最後は必ず勝つのである。


テーマ:自衛隊/JSDF - ジャンル:政治・経済

  1. 2017/08/11(金) 00:46:15|
  2. 軍事外交、再軍備、核武装
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2677年08月08日(火)豊岡~丹後半島一周(経ヶ岬、伊根、天橋立)~舞鶴~台風5号一過清涼ロングライド


井上功一であります。
8月7日(月)棚経回向参列の為、

8月6日(日)より、
夏休みを兼ねて、
76歳独居老人の居る
兵庫県北部豊岡市の
実家に滞在しておりました。

*筋トレ、ストレッチ、
サプリメント摂取をかかさず、
達者で元氣で、
只管しゃべり続ける母に、
いつも、
いろいろ説教されます。
しかしながら、
50歳になると、
身内、他人様共に、
説教してくださる方は、
滅多にいらっしゃいませんので、
本当有り難い稀有なる存在である。
と、いつも、感謝しております。


さて、
8月8日(火)、台風5号が通過し、
涼しく清浄な朝、

ロードレーサー(自転車)で、
丹後半島一周(経ヶ岬、伊根、天橋立)
舞鶴を経由して、
帰還することにしました。

氣温は、26℃~30℃。
8月上旬に思えない涼しさ。
北西風の追い風もあって、
全く疲れず。
日没迄に、川西到着。

山岳部では、
道路に、
葉枝が散らかっておりましたが、
風雨で、汚れが祓われ、
綺麗な道路、清々しい空氣。

氣温が低く、海岸部、山岳部では、
ヒグラシが鳴いており、
ツクツクボウシ、ミンミンゼミも、
混じり、
田んぼには、稲穂が出て、
夏の終わりが近づいていることが
感じられました。


久美浜湾の兜山をみて、
170808_0826~001

峰山まで行くと、
突然の土砂降り、
風雨は、犬ケ岬迄続き、
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日本海も、午前中、台風の影響で、
荒れておりました。
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170808_1037~001 
170808_1039~002

丹後半島を進み、
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航空自衛隊経ヶ岬分屯基地を通過。
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日が射す晴天の伊根の船屋到着。
台風後、平日でありましたが、
観光客もちらほらおり、
記念撮影していらっしゃいました。
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伊根は、
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「男は、つらいよ」
第29作 寅次郎あじさいの恋
マドンナいしだあゆみ

のロケが行われた漁村として、
有名です。
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伊根を出た
ヤマザキデイリーストアの自販機で、
アクエリアスを補給しようと、
千円入れましたが、
詰まって出てこず、
客の90代オバアチャンと
会話中の
店の60代オバチャンに、
→「自販機に、千円つまりましてん。」
「いまあ、業者が鍵の管理だしけなあ。
あけれへんだあわ。
まあ、まっとって。」
とおっしゃり、
刺抜きを持って来て、
詰まった千円を、取り出してくださいました。
本当に、ありがとうございます。

待っている間、
90代オバアチャンは、
「わたしゃ、そんな自動販売機みたゃあな
難しいもんつかえへん。
息子は、ポカリ飲め言うけどなあ、
ジュースも、お茶も、飲めへんでえ。
水飲むだけですで。
酒は、飲むけど。」
→「伊根は、綺麗な水が、上手いですわねえ。
よろしいなあ。」
と少々会話。


暫く走行すると、
天橋立到着。
170808_1223~001 
170808_1224~001
天橋立を、対岸まで渡り、
宮津で、コンビニ補給。
170808_1227~001

天橋立では、海水浴客、観光客が、多数。
170808_1226~001 
170808_1226~002


宮津に出て、
170808_1237~001
板戸峠を越え、
170808_1358~001


175号線出て、
170808_1410~001
由良川を渡り、舞鶴。

舞鶴から、27号線で、京丹波町まで行き、
やまがたやで、補給。

旧山陰街道を通って、
中山峠を越え、
デカンショ街道、ひいらぎ峠、一庫ダム
を経て、帰還。

近年あまりない、
真夏8月上旬の大変涼しいロングライド。

帰還後は、
雨中走行で、ドロドロになった自転車を、
洗車掃除。
先般、ボトムブラケットに水抜き穴を
開けたので、氣兼ね無く洗車できます。

とりあえず、自
転車三昧の夏休み
となりました。

ルート
豊岡→178号線→久美浜→網野→経ヶ岬
→伊根→天橋立→宮津→宮津舞鶴線→板戸峠
→175号線→舞鶴→27号線→京丹波町→旧山陰街道→中山峠
→大河内口八田線→372号線→本梅→ひいらぎ峠
→能勢街道→一庫ダム→173号線→池田→176号線→十三
→淀川通→姫島通→福町→43号線→


T10.36.39
M91.8
A23.0
D244.77


テーマ:自転車旅行 - ジャンル:旅行

  1. 2017/08/10(木) 07:24:19|
  2. 自転車
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2677年08月09日(水)<追悼長崎被爆72年>「國威発揚街宣」~過ちを繰り返さぬ為には、日本核武装、皇軍復活~




~過ちを繰り返さぬ為には、日本核武装、皇軍復活、北朝鮮征伐敢行~


JAPAN ERWACHE!
正義の戦争=大東亜戦争終結72年
広島被爆72年
大日本帝國軍人は、皇國の譽


井上功一であります。
本日は、
72年前、長崎に、
米軍B29戦略爆撃機ボックスカー号によって
プルトニウム原爆が投下され、
非戦闘員を中心に、
9万人が、犠牲となった日。
日本人、そして、世界人類が、
決して、忘れてはならない大切な
長崎原爆の日であります。

犠牲になられました方々を追悼すると共に、

世界人類が、
社会主義的全体主義独裁國家である
支那、北朝鮮の覇権を阻止し、

自由と民主主義
を、
基調とし、
多様性、複数性を容認し、
共存共栄を目指す
八紘一宇の精神を、

教導啓蒙する為、

<追悼長崎被爆72年>
「國威発揚街宣」
~過ちを繰り返さぬ為には、日本核武装、皇軍復活、北朝鮮征伐敢行~


を、敢行致しました。



1.実施場所日時
大阪市此花区
西九条駅前歩道

2677年08月09日(水)「長崎原爆の日」
07:30~08:00


2.実施結果
旭日旗、党幟掲揚
神洲不滅腕章装着にて、
街宣実施。


演説しながら、

自作チラシ
“皇紀2677年8月9日(水)
追悼被爆72年「長崎原爆の日」
過ちを繰り返さない為には、「北朝鮮征伐」は、当然。
「皇國史観」「日本再軍備」「日本核武装」「正統な日本國憲法制定」”
を、
20部程度手渡し。



3.巷の声、様子
・強い日射しながら、
風は、幾分涼しく、
快適実施。



・主旨に賛同して下さる方も、多く、
チラシも、早期完売。


巷の空氣は、
「皇國史観」
「核武装」「皇軍復活(日本再軍備)」に、
抵抗がなくなっている感が、
あります。







  1. 2017/08/09(水) 08:27:13|
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2677年08月08日(火)台風(台風5号)一過、涼しく清々しい朝


井上功一であります。
昨日は、豊岡では、
18:00頃から、台風5号が来襲。
170807_1758~001
暴風雨となりました。
170807_1803~001

明けて、本日、
大して被害もなく、
氣温27℃涼しい
清浄な朝を、迎えることができました。
170808_0617~001

その後、
ロードレーサーで、
丹後半島を一周し、
伊根、天橋立、舞鶴経由で、
帰還。
170808_0757~001

8月にも関わらず、
非常に涼しい
200km超のロングライド
となりました。


テーマ:写真に言葉を乗せて・・・ - ジャンル:モブログ

  1. 2017/08/08(火) 23:39:08|
  2. 行楽、親睦
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2677年08月07日(月)山陰海岸、神鍋高原納涼雨中ショートライド(台風5号接近)












井上功一であります。

08月07日(月)は、
早朝、
棚經回向参列後、

多少、雨も小降りになりましたので、

納涼の為、

ロードレーサー(自転車)にて、
実家から、円山川右岸を通り、
城崎温泉迄行き、

鋳物師戻峠を越え、

山陰海岸道路を
走り、

スキー場、但馬ドーム
で有名な
神鍋高原迄
ショートライド。

帰りは、
全便欠航の
コウノトリ但馬空港へ
上って、
奈佐へ下って
台風到着迄に
無事帰還。
帰還後は、
ドロドロになった
自転車の洗車掃除。

氣温は、26℃。
昨日と比べ、12℃も低く、
雨が降っているので、
下りは、寒く感じましたが、
楽しい台風ライドでした。
セミも、雨中鳴いておりましたが、
ツクツクボウシも混じる様になり、
夏の終わりを感じさせます。



ルート
戸牧→426号線→下陰→178号線→一日市→円山川左岸山麓道路
→城崎温泉→鋳物師戻峠→竹野→山陰海岸道路
→佐津→178号線→土生トンネル
→森本→日高竹野線→床瀬→水上峠→神鍋高原
→482号線→江原→コウノトリ但馬空港→奈佐
→福田→178号線→426号線→戸牧

T4:17:44
D90.23
A21.0
M57.7




  1. 2017/08/08(火) 13:14:12|
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2677年08月07日(月)棚行回向参列







井上功一であります。

8月6日(日)は、

<追悼広島被爆72年>
「國威発揚街宣」
~過ちを繰り返さぬ為には、日本核武装、皇軍復活、北朝鮮征伐敢行~


終了後、

毎年恒例
8月7日棚経回向に、

参列する為
兵庫県北部但馬
豊岡市にある実家に帰還。
ロードレーサー(自転車)
で帰ろうとも思いましたが、
14:00を過ぎておりましたので、

輪行袋に、自転車を入れ、
輪行にて、電車利用で、
19:30頃実家到着。

昼間38℃の豊岡でしたが、
夜は、月も出て、
コオロギも鳴き、
涼しく快適。


翌朝は、
台風の影響で、
雨が降っておりましたが、4:30頃から、
ヒグラシの輪唱が始まり、鳶も鳴き、
山村の清々しい朝。

養源寺さんは、
8:30頃、
お越しになり、
棚経として、

曹洞宗お馴染みの

南無喝羅怛那。?羅夜耶。(なむからたんのー。とらやーやー。)
で始まる

「大悲心陀羅尼」

を、回向してくださり、

お盆を、迎える準備完了。

「曹洞宗日課諸經要集」
には、

南無歸依佛。
南無歸依法。
南無歸依?。

三寶歸依に始まり、
三寶歸依に終わり。
四弘誓願。

三寶歸依の功徳が、
ひたすら謳われているので、
読むと、
「仏説・正心法語」

「?菩提心の言葉・修行の誓い」
以降に類似性があり、

非常に愉快であります。

また、
三寶歸依する理由は、

佛は是れ大師なるが故に歸依す、
法は是れ良藥なるが故に歸依す、
?は是れ勝友なるが故に歸依す、
佛弟子となること必ず三歸に依る

という説明も、単純明快。

後、
菩提心を發す意義(伝道の意義)


菩提心を發すというは己れ未だ度らざる前に一切衆生を度さんと發願し營むなり、
設い在家にもあれ、
設い出家にもあれ、
或は天上にもあれ、
或は人間にもあれ、
苦にありというも、
樂にありというも、
早く自未得度先度他の心を發すべし。
其形陋しというとも比心を發せば已に一切衆生の導師なり、
設い七歳の女流なりとも即ち四衆の導師なり、
衆生の慈父なり、
男女を論ずること勿れ、
此れ佛道極妙の法則なり。~

己れが、悟らずとも、伝道せよ。
伝道を志したものは、
如何なる者であっても、
一切衆生の導師である。
こういう氣概を持って
伝道に臨め。
明瞭に説かれており、


菩提心こそが、
伝道の全てを決するという
道元禅師の
伝道の氣概が、
現代においても、
伝わってきて、

大変勉強になります。






  1. 2017/08/08(火) 13:13:15|
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2677年08月06日(土)<追悼広島被爆72年>「國威発揚街宣」~過ちを繰り返さぬ為には、日本核武装、皇軍復活~




~過ちを繰り返さぬ為には、日本核武装、皇軍復活、北朝鮮征伐敢行~


JAPAN ERWACHE!
正義の戦争=大東亜戦争終結72年
広島被爆72年
大日本帝國軍人は、皇國の譽


井上功一であります。
本日は、
72年前、広島に、
米軍B29戦略爆撃機エノラ・ゲイ号によって
ウラン原爆が投下され、
非戦闘員を中心に、
17万人が、犠牲となった日。
日本人、そして、世界人類が、
決して、忘れてはならない大切な
広島平和記念日であります。

犠牲になられました方々を追悼すると共に、

世界人類が、
社会主義的全体主義独裁國家である
支那、北朝鮮の覇権を阻止し、

自由と民主主義
を、
基調とし、
多様性、複数性を容認し、
共存共栄を目指す
八紘一宇の精神を、

教導啓蒙する為、

<追悼広島被爆72年>
「國威発揚街宣」
~過ちを繰り返さぬ為には、日本核武装、皇軍復活、北朝鮮征伐敢行~


を、敢行致しました。



1.実施場所日時
大阪市
高島屋難波店前歩道

2677年08月06日(日)「広島平和記日」
12:40~13:20


2.実施結果
旭日旗、党幟掲揚
神洲不滅腕章装着にて、
街宣実施。


演説しながら、

自作チラシ
“皇紀2677年8月6日(日)
追悼被爆72年「広島原爆の日」
過ちを繰り返さない為には、「北朝鮮征伐」は、当然。
「皇國史観」「日本再軍備」「日本核武装」「正統な日本國憲法制定」”
を、
30部程度手渡し。



3.巷の声、様子
・梅田、天王寺と共に、
大阪の三大街宣スポットの一つ
難波で実施でしたので、
人出は、非常に多く、
流れは、緩やかで、
宣伝効果抜群でした。


・「過ちは、アメリカが、原爆投下で
非戦闘員を中心に、
17万人虐殺したことと、
日本の原爆開発が、アメリカより1~2年遅れたこと

正義の戦争=大東亜戦争が、
志半ばで、終戦となったこと。

北朝鮮の核攻撃により、
過ちを繰り返さない為には、
日本が、戦争、軍事力を行使する独立國となり、

日本核武装、皇軍復活、北朝鮮征伐。

戦わずして敗れ、
支那、北朝鮮の奴隷として、
恥を晒して生きるを良しとせず、

反戦反核運動ではなく、

北朝鮮征伐軍事行動賛成運動
を、行うことであります。~」
と、
本心ストレートにやっていると、
累計10名以上の方々が、
「ええこというなあ。
そのとおりや。」
「応援しとるさかい。
頑張れよ。」
と激励してくださったり、握手を求めにこられ、
固い握手を交わしました。
軍歌を鳴らした民族派の街宣車も、
御堂筋を往復してくださるおまけ付き。


・幸福実現党の存在意義は、
皇軍復活、核武装、皇國史観浸透、祭政一致
を全面に出し、
実現すること。
ここにあることを、
改めて実感した街宣でありました。

マスコミ、ネットの仮想空間と違い、
現実の巷は、
空氣が、着実に変わっております。
これであってこそ、
神洲不滅の皇國民。



  1. 2017/08/06(日) 18:04:10|
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【実施模様】2677年08月06日(日)<ご挨拶廻り>~大阪5区代表数森圭吾支援~ポスター掲示依頼:大阪市此花区朝日






JAPAN ERWACHE!
北朝鮮征伐
皇軍復活
日本核武装
神洲不滅
必勝神風




井上功一であります。
今朝は、
熱風吹く中
敢行された
此花地区の

<>
~大阪5区代表数森圭吾支援~
ポスター掲示依頼

に、参加致しましたので、

実施模様を、
ご報告致します。





1実施日時、場所
平成29年08月06日(日)
10:30~11:30

大阪市此花区朝日




2実施結果
・浜田、中村、井上班
にて実施。

24軒程度訪問

・ポスター掲示
二連(小)1枚


・討議資料
"大阪、かずもり、てんこもり”15部程度手渡し

・小冊子24部程度


3巷の様子、声、ご要望
・70代男性:
「汗だくで、暑い中、
ほんまご苦労さんやなあ。ワシは、応援したいおもてるけど、
オバハンが、公明党なんや。
そやから、ポスターは、堪忍な。ニイチャン。」



・70代女性:
インターホン越しに、
「エエよぉ。そこの柱の下の方へ、
貼っといて。」


・在宅なら、9割程度のお宅が、
外迄出て来て、
お話を聞いてくださいました。
トップレス(上半身裸)で出てこられるお宅もあり、
やっぱり、
此花区は、ギリシア精神溢れる良い所であります。




  1. 2017/08/06(日) 16:55:20|
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2677年08月05日(土)宝塚蓬来峡ヒンヤリライド






井上功一であります。

08月05日(土)
氣温38℃。
最も暑くなった14:00頃より
避暑の為、
ロードレーサー(自転車)にて、
兵庫県の武庫川河川敷、
逆瀬川を経由し、

有馬温泉迄数kmの
船坂峠、蓬来峡へ

避暑の為、

ヒンヤリライド敢行。

風があると、体感温度は、低くなるので、
氣合入れて
平地は、スピードアップ。
割に、暑くありませんが、
船坂峠に至る上りは、
斜度16%以上の劇坂。

上りになると、
速度低下の上、
発熱量が増加し、
オーバーヒートになり、
氣温が低い割に、
涼しくありません。
それに、
速度遅いので、ブユがたかってきます。

しかしながら、
喘ぎながら辛抱して上り、下りになると、
汗が一氣に冷え、
寒いくらいの天然クーラー。
これがあるから、
夏場のヒルクライム
止められません。


ルート
伝法→43号線→伝法大橋→武庫川大橋東詰→武庫川左岸道路
→武庫川橋→武庫川右岸河川敷道路
→宝塚新大橋→逆瀬川→
船坂峠
→有馬街道→蓬来峡→176号線→宝塚新大橋→武庫川右岸河川敷道路
→武庫川橋→武庫川左岸道路→武庫川大橋東詰→
43号線→伝法大橋→伝法


T3:07:15
D60.84
A19.5
M56.1


  1. 2017/08/06(日) 16:02:30|
  2. 未分類
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