世界に冠たる皇國、大日本帝國 Donners Hammer「今日の模様」

天皇弥栄、八紘一宇、祭政一致、必勝神風、神洲不滅、皇軍復活、核武装、暴支膺懲、二韓征伐、排他性一神教撲滅。

皇紀2677年01月02日(月、祝)鴉宮(からすのみや)初詣~地元大阪市此花区伝法に鎮座、豊臣秀吉公朝鮮征伐戦勝凱旋の神社~

 井上功一であります。
本日は、大阪府豊能郡豊能町吉川に鎮座する
吉川八幡神社初詣から帰還した後、
神武東征の道案内をした
八咫烏(三ツ足の鴉)
豊臣秀吉公朝鮮征伐戦勝
に所縁のある
800年の歴史を誇る
地元大阪市此花区伝法に鎮座する
鴉宮へ参拝。
170102_1403~001
近隣の家族、親戚一同で、
初詣する地元の人々で賑わっておりました。
御祭神は、
天照皇大神、
住吉大神、
神功皇后
恵比須大神
市杵島比売大神
日本再軍備、
核武装、
皇軍復活、
二韓征伐、
暴支膺懲
を、強く請願して参りました。
神功皇后の一文字「功」を、
名前:功一
に頂いております私としては、
朝鮮征伐、支那膺懲に、
強い思い入れがあり、
澪標住吉神社、鴉宮が、
鎮座する大阪市此花区伝法は、
相性の良い土地です。
幸福の科学においては、
今年、皇紀2677年は、
「伝道の法」の年でありますが、
伝法の年ではないか。
と思っております。
【ご参考】鴉宮の謂れ
800年前の建保3年(1215年)、
伝法村の船問屋衆が
村と港の繁栄を祈念し
「傳母頭(もりす)神社」
として、鎮座。
伝法村は、淀川河口の港町として、
隆盛を極めました。
文禄元年(1592年)2月19日
豊臣秀吉公は、
朝鮮征伐の為、海陸の大軍を挙げるに当たり、
其軍港を
「傳母(もり)村川口ノ港」
と定められ
出征の時に際して
傳母頭(もりす)神社奉紀神主、田中八太夫に命じて、
「海路の平穏」
「武運長久戦捷」
の祈願をさせられました。
170102_1408~001
神主田中八太夫の夢に、
「社頭の森中より
三足の鴉を飛ばして
軍船に駕せしめ、
海路の方向を示し且つ守護なさしめん。」
170102_1405~001
という
神のお告げがあり、
翌日、秀吉公に報告すると、
大変満足され、
即刻、
神主田中八太夫を、
此遠征に於ける水先奉行とされました。
お告げの通り、
朝鮮征伐の海路は、波平らかで、
三ツ足の鴉は、
常に、軍船の前後に飛翔し、
真に守護の任を全うし、
無事、朝鮮半島へ上陸。
日本軍は、百戦百勝。
朝鮮に、
「城下の盟」を誓わせました。
文禄2年(1593年)1月16日未の下刻に、全軍凱旋。
翌17日、
秀吉公は、傳母頭神社に参拝し、自ら凱旋の報告祭典を執行。
「傳母頭神社」を改め、
「鴉之宮」
170102_1406~001
の名を贈り、
鴉が巣を成している森へ
遷座させ、
「鴉之宮」に、
神領を入津料として
碇泊船より納米せしむる権利を与えられました。
170102_2358~001

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  1. 2017/01/03(火) 01:01:37|
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