世界に冠たる皇國、大日本帝國 Donners Hammer「今日の模様」

天皇弥栄、八紘一宇、祭政一致、必勝神風、神洲不滅、皇軍復活、核武装、暴支膺懲、二韓征伐、排他性一神教撲滅。

【ご報告】皇紀2676年8月15日(月)<正義の戦争、大東亜戦争終結の日>”「特攻の父」大西瀧治郎海軍中将墓参”~幸福実現党豊中後援会~


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<正義の戦争、大東亜戦争開戦75年>
「特攻の父」大西瀧治郎海軍中将生誕125周年
大日本帝國軍人は、皇國の譽れ

大西瀧治郎海軍中将の遺言

特攻隊の英霊に曰す。
善く戦いたり、深謝す。
最後の勝利を信じつつ
肉弾として散華せり。
然れ共其の信念は
遂に達成し得ざるに至れり。
吾死をもって旧部下の
英霊と其の遺族に謝せんとす。

次に一般青壮年に告ぐ。
我が死にして軽挙は、
利敵行為なるを思ひ
聖旨に副ひ奉り、
自重忍苦するの誠とも
ならば幸なり。
隠忍するとも日本人たるの
矜持を失ふ勿れ。

諸氏は國の宝なり。
平時に処し猶克く
特攻精神を堅持し、
日本民族の福祉と
世界人類の和平の為、
最善を尽くせよ。


大西瀧治郎海軍中将の遺偈

すがすがし暴風のあと月清し




井上功一であります。
靖國神社参拝後、

横浜市鶴見の

曹洞宗大本山
總持寺へ赴き、
その偉業を顕彰し、
ご遺徳を偲び、
感謝の誠を捧げると共に、

強く

「特攻精神」

を感得致す為、

「帝國海軍航空隊育ての親」
「特攻の父」
大西瀧治郎海軍中将の墓参へ行って参りました。

明日8月16日は、
大西中将の命日。

最後の最後まで、
一億総特攻による長期持久戦、徹底抗戦
を主張しながらも、
先帝陛下の終戦の詔勅により、
昭和20年8月15日。終戦となり、

特攻の責め、敗戦の責めを負い、
介錯無しの切腹にて、
官舎にて
武士の古式に則り
8月16日未明の02:45自刃されました。
第一発見者は、官舎の管理人で、
すぐに駆け付けて来たのが、
物資調達の海軍特務機関である
児玉機関の
児玉誉士夫氏でした。

軍医が来ても、
「特攻隊の英霊の苦難を、受ける。手当ては、してくれるな。」
と治療、介錯を拒み、

その後、6時間程度生き続けられ、
集まって来た者其々に、
遺言を伝えられる。
と言う壮絶な最期。


もし、
一億総特攻を敢行していたならば、
日本に経済的繁栄は、
なかったかもしれませんが、
魂的奴隷として、諸外國の顔色見ながら、へこへこしながら、
生き長らえる現在の恥晒しな日本とは、
なっていなかったはずであります。

例年どおり、他にも、墓参をされた方があり、
酒と供物、お花が供えてありました。

ぜひ、お近くの方々は、
「特攻精神」
が、
なんたるかを知る為にも、墓参をお薦めします。
場所は、
大祖堂裏の一列目。
現在のお墓は、
昭和38年8月13日
大西淑恵夫人、児玉誉士夫氏再建。
となっております。



墓参を終え、

不惜身命、生死一如

と言いながらも、

スローガンに堕しており、
命の殺り取りをする極限状態でもなく、

極めて安全な庇護下で

せいぜい、
選挙に負けて恥をかいて貧乏になる程度。
あるいは、
与党の嫌がらせで、家宅捜索を受ける程度。

「~革命」を志す我々としては、
まだまだ、甘いと実感しましたし、
また、
戦争、軍事力を極端に忌避して
生命尊重に偏向し、
魂を腐敗させ続け、
他國の属國になりたがる
現在の空気から、
日本が
覚醒できなければ、
それは、日本ではなく、
沈没して消滅した方が、
マシであると言えます。




1.墓参日時
皇紀2676年8月15日(月)
14:20~14:50

曹洞宗大本山總持寺










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テーマ:幸福の科学・幸福実現党 - ジャンル:政治・経済

  1. 2016/08/15(月) 19:20:07|
  2. 軍事外交、再軍備、核武装
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