世界に冠たる皇國、大日本帝國 Donners Hammer「今日の模様」

天皇弥栄、八紘一宇、祭政一致、必勝神風、神洲不滅、皇軍復活、核武装、暴支膺懲、二韓征伐、排他性一神教撲滅。

街宣用チラシ完成  <追悼神風特別攻撃隊結成70周年>~必死必中の体当たり攻撃~神鷲の忠烈万世に燦たり

井上功一です。

お陰様で、

街宣用チラシ完成しました。
追悼神風特別攻撃隊結成70周年 
<追悼神風特別攻撃隊結成70周年>
~必死必中の体当たり攻撃~
神鷲の忠烈万世に燦たり

本年、平成26年(2014年)は、日本人にとり、重要な年であります。なぜなら、昭和19年(1944年)10月19日、神風(しんぷう)特別攻撃隊を、結成。同20日発令。同25日、特攻機(250kg爆弾爆装零戦)による敵空母撃沈の初戦果を上げてより、70年。節目の年であるからであります。
必死必中の特攻隊は、「皇國日本の誉れ」、「日本臣民の誇り」であります。散華されました英霊の御遺徳を偲び、その武勲を顕彰し、追悼の意を表したいと思います。

Ⅰ.神風特別攻撃隊結成の経緯
①大東亜戦争において、昭和19年6月のマリアナ沖海戦に敗北、サイパンを喪失し、絶対国防圏を喪失し、本土への資源還送航路を確保すべく、レイテ湾上陸の米軍を、帝國陸軍海軍一体となり、撃滅する「捷一号作戦」が、昭和19年10月18日発令され、決戦の日が25日とされておりました。
②しかしながら、17日、第1航空艦隊司令長官に着任した大西瀧治郎海軍中将麾下の残存航空機は、40機。また、戦闘経験の浅い搭乗員。更に、昭和19年当時、米軍敵空母部隊はレーダーを活用し、 空中待機の戦闘機を配置して、三段構えで備え、日本軍の攻撃機を遠距離で捕捉し、 これを撃退することが非常に巧妙になり、敵警戒幕を突破、または回避して、攻撃目標に到達することが困難となっておりました。
③こうした不利な戦況の中、これを打開するのは、「第一線将兵の殉國・犠牲の至誠」に訴えて、 体当たり攻撃を敢行する他に、良策は無く、神風特別攻撃隊が結成されたのであります。第一神風特別攻撃隊は、「敷島、大和、朝日、山桜」の四隊からなり、第十期甲種飛行予科練習生の志願者により、編成されました。

Ⅱ.神風特別攻撃隊の初戦果~昭和19年(1944年)10月25日~
①昭和19年(1944年)10月25日、関行男大尉率いる敷島隊の特攻零戦(250kg爆弾装着)5機によって、護衛空母セント・ロー撃沈、護衛空母カリニン・ベイ大破 、旗艦護衛空母キトカン・ベイ小破 、護衛空母ホワイト・プレーン小破という多大なる初戦果がもたらされ、日本国民を奮起せしめ、米軍を恐怖のどん底に叩き劣りました。
②これ以降、陸軍、海軍を問わず、回天、震洋、桜花他、あらゆる特攻が、終戦まで敢行され、日本が、無条件降伏することを回避し、後世へ、「特攻精神」を伝承し、アジア・アフリカの独立開放の一助となり、日本人の精神性が世界から、畏怖されるに源となっておるのであります。
 
Ⅲ.特攻は、合理的戦術
①特攻は、決死ではなく、「必死必中」の戦術であり、「統率の外道」とも言われておりますが、少ない稼働航空機、少ない熟練搭乗員、また、現代の様に、高度な電子機器による追尾装置、誘導装置が無かった当時の大日本帝國の環境を鑑みるに、命中すれば、1:300の死傷率で、多大なる戦果となる合理的戦術であります。
②戦略的には、特攻を継続し、「一億総特攻」により、本土決戦を数年戦えば、アメリカ側に厭戦ムードが漂い、講和に持ち込むことが出来る。という面もありました。実際、「特攻機」の命中率56%。米艦船を、何百隻も撃沈しておりますし、沖縄戦でも、特攻により、米軍に対し、30隻撃沈、300隻破壊、9000人以上戦死を与えております。特攻、硫黄島、沖縄戦があったが故、日本は、無条件降伏となりませんでした。
日本国民幸福実現党員 井上功一
〒561-0822豊中市三国2-3-4 446

関連記事
スポンサーサイト

テーマ:報道・マスコミ - ジャンル:政治・経済

  1. 2014/10/21(火) 05:58:05|
  2. 祭政一致、國史、教育
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

コメント

<%template_post\comment>


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://hstoyonaka.blog.fc2.com/tb.php/2138-b6e8ffdd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad