世界に冠たる皇國、大日本帝國 Donners Hammer「今日の模様」

天皇弥栄、八紘一宇、祭政一致、必勝神風、神洲不滅、皇軍復活、核武装、暴支膺懲、二韓征伐、排他性一神教撲滅。

2680年7月7日(火)<奉祝エル・カンターレ御降誕64周年>~蘆溝橋事件の日~『支那事変83周年』

7月7日は、コミンテルンによる蘆溝橋事件の日。
12月13日は、皇軍による南京解放治安回復祝祭日
〜正統な國史浸透こそ、最大の対中華人民共和国抑止力〜

支那共産党、習近平は、
支那コロナウィルス(生物兵器)世界的流行の責めを負い、
謝罪し、損害を賠償しなさい!

暴支膺懲
習近平國賓招日即刻中止
香港、台灣、チベット、南モンゴル、東トルキスタン、満洲独立宣言
脱支那、去支那、減税こそ、日本経済復活の鍵


井上功一であります。
本日7月7日は、
宇宙の根本仏、地球神
エル・カンターレであらせられる
大川隆法総裁先生の御生誕日。
エル・カンターレ御降誕64周年であります。
心よりお祝い申し上げ、
感謝の誠を捧げたい。と思います。

また、本日7月7日は、
支那事変の発端となった
コミンテルンによる蘆溝橋事件の日。
今年で83周年。
因みに、
蘆溝橋事件では、
インパール作戦で有名な
牟田口廉也陸軍中将(当時は、連隊長で大佐)が、日本軍を指揮。
牟田口

本日7月7日は、日本の正しい國史を理解し、
反日プロパガンダの迷妄から覚醒して、
仮想敵國=中華人民共和国による「一帯一路構想」に基づく地球征服を粉砕するに当たり、
日本國民が、忘れてはならない日であります。
なぜなら、
83年前、昭和12年(西暦1937年)、
「支那事変」の発端となった「蘆溝橋事件」の日であるからであります。
北京の西南、盧溝橋で、コミンテルン(國際共産党)の工作員が、
支那國民党軍、日本軍双方に発砲して発生して日支両軍の戦闘が勃発。
現在は、連合国(United Nations)の圧力で、
「日中戦争」と呼ばれておりますが、日本、支那共に、宣戦布告しておりませんので、
正しくは、「支那事変」。
 
また、
当時ドイツと支那(中華民國)は、プロハ条約による独支軍事同盟を結んでおりました。
ドイツは、中華民國からアンチモン、タングステン入手。
中華民國は、ドイツ國防軍による國民党軍の近代化の為、
西暦1920年代から、ドイツから軍事顧問を招いており、
國民党軍は、ヘルメット、軍服、装備もドイツ式。
國民党軍は、
フォン・ゼートク元帥、ファルケンハウゼン中将の
軍事教練を受け、
近代戦に耐えうる軍となっておりました。
西暦1936年11月25日、日独防共協定締結後は、
ドイツの支那軍事支援は縮小していきましたが、
支那事変(蘆溝橋事件、第二次上海事変)時は、
ファルケンハウゼン中将が、國民党軍の作戦指導実施。
支那事変は、用兵戦術上、実質、ドイツ軍と日本軍が戦っていた。
とも言えます。

大日本帝國が、支那事変早期解決し、中華民國と早期講和を結び、
支那共産党撲滅、独ソ戦時に、ソ連に宣戦布告、ソ連を挟撃しておれば、
戦後、中華人民共和国も発生せず、東西冷戦もなく、
支那人民が、支那共産党に6000万人殺されず、
現在の中華人民共和国の世界人類に対する暴虐も無く、
かなり地球の発展速度が加速されていたかもしれず、
少々残念なところがあります。
盧溝橋事件


1.「蘆溝橋事件」を発端とした「支那事変」の真実
・当時の中華民國は、國家の体をなしておらず、
馬賊、軍閥、支那共産党の八路軍、国民党の内乱状態で、日本人居留民が、危機に晒され、
虐殺、暴行、強姦の被害に、数多くあっており、
皇軍、即ち、帝國陸軍、海軍陸戦隊が、日本人の保護、治安維持の為に、
派遣されていたというのが、正しいところであります。

・蘆溝橋事件前年の昭和11年(西暦1936年)12月12日西安事件で、 國民党の蒋介石拉致監禁され、 蒋介石と支那共産党の周恩来との間で、 密約?が交わされ、
以降、 共同抗日と國共合作が促進。 昭和12年(西暦1937年)には、
「盧溝橋事件」「通州事件」「大山事件」「第2次上海事変」他、
支那人による日本人への挑発、虐殺が生じ、
最終的に、12月13日に、日本軍が、南京市を陥落させ、
南京の治安をもたらすに至りました。
よって、
12月13日は、「南京大虐殺の日」ではなく、
「南京解放治安回復祝祭日」であります。

・公開霊言でも、支那事変の当事者である毛沢東、蒋介石、宋美鈴、林彪は、
何れも、「日本軍は、強くて、怖かった。」
「日本軍は、痺れるくらいに強かった。」
「あんなに強かった日本軍が、米軍に負けたのが信じられない。」
と言及しており、八路軍、國民党軍共に敗走を続けたトラウマがあり、
未だ日本を潜在的に恐れていることがよくわかります。
「泣く子も黙る関東軍。」と、
かつて言われておりましたが、
日本が、東洋の盟主として再興し、
政治的軍事的にも、強くなることが、
中華人民共和国の暴走を抑止し、
中華人民共和国解体人民解放の鍵であると言えます。
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2.西暦1937年12月12日「西安事件」の真相→「宋美齡の霊言」より
(1)第二次國共合作、抗日戦に合意した理由
→宋美齡が政治の表舞台で活躍する為
・西京事件で、
蔣介石に反感を持っていた
中華民國の軍人である張学良(張作霖の長男)、楊虎城に
拉致監禁された蔣介石を、
救出するため、
航空機で、
兄の宋子文と共に、西京乗り込み
蔣介石、宋子文、宋美齡で、
支那共産党の周恩来、秦邦憲、葉剣英と会談し、
「第二次國共合作」、「抗日戦」に同意したのは、
当時の
男尊女卑の支那社会で、
女性である自分が、
政治の表舞台で活躍するには、
男を立てなければなず、
蔣介石を、生かしておく必要があった為。
それ以降、
日本軍と主として戦う様になり、
翌年1937年7月7日
盧溝橋事件が起き、「支那事変」が勃発。

*余談話で、宋美齡に惚れていた張学良を、
色氣で篭絡したという話もあります。


・中華民國軍事顧問のドイツ第三帝國ファルケンハウゼン将軍は、
戦車部隊による西安の反乱軍への奇襲攻撃、
毛沢東の八路軍への空爆敢行、
支那共産党は、壊滅寸前になっており、
「第二次國共合作」、「抗日戦」に同意せず、
蔣介石を見殺しにしておれば、
完全に、支那共産党が殲滅され、
別の中華民國総統により、
支那が統一されて、
「自由」「民主主義」「議会制」の國家が、
出来ていたと思う。

自分が、政治の表舞台で活躍する為、
蔣介石を生かしておく必要があり、
支那共産党の
第二次國共合作、抗日戦に合意。


*強硬な姿勢の蔣介石が國共合作に合意したのは、
蔣介石前妻の息子である蔣経國が
留学先のソ連で、政治的人質に捕られ、
帰國を条件に、しぶしぶ合意した。
とも言われております。


(2)本心は、抗日戦は、あまり乗る氣でなかった。
・孫文、蔣介石は、日本に亡命しながら、辛亥革命を実施し、
大日本帝國とは、本心では戦いたくなかった。

・しかし、支那國内に外國の軍隊に進駐されるのは、
愛國心故、耐えられず、抗日に徹した。


(3)スターリンの恫喝は、事実
・ドイツと日本による挟撃を避ける為、
日本軍を、支那内乱に釘付けする戦略。
それ故、支那共産党に、
スターリンは、
蔣介石を殺さず、釈放する様に恫喝。


3.【ご参考】年表概略(西暦版)
1910年、日韓合邦(大日本帝國が、大韓帝國併合)

1911年、辛亥革命(孫文)

1912年、中華民國建國

1914年、第一次世界大戦勃発

1918年、第一次世界大戦終了

1919年、中華民國國民党結成

1919年、ソ連で、コミンテルン(國際共産党)結成

1920年、國際連盟成立

1921年、コミンテルン支那支部(支那共産党)結成

1922年、コミンテルン日本支部(日本共産党)結成

1922年、ラロッパ条約締結(ドイツ、ソ連)
→赤軍に軍事技術訓練を提供するかわり、
ドイツ軍が、ソ連國内で、機甲部隊、空軍の演習実施。
*ベルサイユ条約で、ドイツは、戦車、航空機の保有禁止。

1923年、関東大震災
→多分、前年に日本共産党結成されたことに、神々がお怒り。

1928年、ケロッグ・ブリアン協定(パリ不戦条約)
→國際紛争の手段として、戦争を用いない。但し、自衛戦争は認めると言う解釈。
現実を直視しない空想の論理。悪名高い憲法9条「戦争放棄」、自衛権の源泉。
ここから、やたら自衛戦争、自衛権に拘る様になります。

1931年、満洲事変

1932年、大満洲帝國建國
→五族協和、王道楽土。アジヤ版アメリカ合衆國。

1932年、日本共産党が、「天皇制」という悪意に満ちた言葉を作成、赤旗に掲載。
→制度なら、人間が勝手に作ったり止めたりできるから。

1933年、國家社会主義ドイツ労働者党政権樹立、

1936年、ベルリンオリンピック

1936年、西安事件

1937年、日独伊防共協定

1937年、支那事変(盧溝橋事件、首都南京陥落)

1939年、第二次世界大戦勃発

1940年、日独伊三國同盟

1941年、大東亜戦争開戦

1943年、大東亜会議開催、大東亜共同宣言採択

1945年、第二次世界大戦、大東亜戦争終結

1949年、中華人民共和国建國



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プロフィール

井上功一

Author:井上功一
私は、
皇國民、日本國民であります。


天御祖神を開闢の始祖せる
正史30000年を誇る
我が國が、
『祭政一致』の國體、
肇國の精神『八紘一宇』
に回帰することにより、

天孫であらせられます
天皇陛下を奉戴せる
世界に冠たる皇國=大日本帝國として
再興致すことをを期して、

日々、精進しております。

尚、
私は、

靖國神社崇敬奉賛会会員、曹洞宗檀家
國粋主義者、民族派、
であります。


座右の銘:生死一如(ショウジイチニョ)

尊敬する人:神功皇后、大西瀧治郎

趣味:オペラ鑑賞、自転車

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