世界に冠たる皇國、大日本帝國 Donners Hammer「今日の模様」

天皇弥栄、八紘一宇、祭政一致、必勝神風、神洲不滅、皇軍復活、核武装、暴支膺懲、二韓征伐、排他性一神教撲滅。

平成25年09月18日(水)<満洲事変勃発記念日>「暴支膺懲、正義を貫く、泣く子も黙る関東軍!」

泣く子も黙る関東軍!
旭日旗~1

井上功一です。
スターリンが操る
コミンテルン(国際共産党)が起こした、
張作霖爆殺事件より、
3年余り経った
昭和6年(1931年)9月18日は、
「満洲事変」 
奉天入城

が、勃発した日であります。
*戦後は、GHQによって、
関東軍の自作自演だったとされております。


9月18日午後10時20分頃
中華民国奉天(現瀋陽)郊外の柳条湖近く
南満州鉄道線路上で、爆破が起き、
関東軍が、自衛の為に、軍事行動を取り、
国民革命軍の「北大営」占拠し、
翌日までに、奉天、長春、営口の各都市も
占領しました。

関東軍は、軍事的成功を収め、
わずか5ヶ月の間に満洲全土を占領

翌年
昭和7年(1932年)3月1日、
五族協和の理念により、
満洲民族の国、
「満洲国」が建国
されました。


満洲事変が勃発するまで、
支那は、日本を繰り返し挑発してきましたが、

昭和6年(1931年)6月27日には、
「中村大尉事件」が発生。
→陸軍参謀中村震太郎大尉が
支那張学良配下の関玉衛の指揮する
屯墾軍に拘束され、
銃殺後に証拠隠滅のため
遺体を焼き棄てられた
事件。

その頃に、
日本人女学生数十人が
ピクニック中に強姦される事件
も発生。

日本の世論は、
「暴支膺懲」で激昂。

関東軍が行った軍事行動は、
当時の日本国民の暴支膺懲という
心情の期待に応えた
自存自衛の軍事行動であり、
また、
「満洲国」建設という
大義
に満ちたものであったのであります。


*内の母方の叔父も、
満蒙開拓少年義勇軍に志願し、
後に関東軍に入営しており、
関東軍で、夜歩哨にたった時の話他、
満洲よもやま話を、
よく聞きました。


支那外交部は、「『九一八事変』82周年、日本は歴史を深く反省せよ。」
と言って、喜んでおるようでありますが、
精鋭関東軍に、軍事懲罰されることになった原因である
当時の日本に対する無礼、犯罪を深く反省するのは、支那
どちらにしても、反省、謝罪は、自主的にするものであり、
他人が強制するものではありません。
ここが、最も、支那、韓国、北朝鮮の精神が異常であるところであります。

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テーマ:日本共産党 - ジャンル:政治・経済

  1. 2013/09/18(水) 21:28:36|
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私は、
皇國民、日本國民であります。


天御祖神を開闢の始祖せる
正史30000年を誇る
我が國が、
『祭政一致』の國體、
肇國の精神『八紘一宇』
に回帰することにより、

天孫であらせられます
天皇陛下を奉戴せる
世界に冠たる皇國=大日本帝國として
再興致すことをを期して、

日々、精進しております。

尚、
私は、

靖國神社崇敬奉賛会会員、曹洞宗檀家
國粋主義者、民族派、
であります。


座右の銘:生死一如(ショウジイチニョ)

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